大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)1366号 判決 1969年1月29日
原告
吉田兼雄
被告
光洋メリヤス株式会社
ほか一名
主文
一、被告らは、各自、原告に対し金一、六九〇、二二九円および右金員に対する昭和四三年四月一二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一、原告のその余の請求を棄却する。
一、訴訟費用は被告らの負担とする。
一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。
一、但し、被告において共同して原告に対し金一、二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一原告の申立
被告らは、各自原告に対し金二、一五八、四〇〇円および右金員に対する昭和四三年四月一二日(本件訴状送達の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払えとの判決ならびに仮執行の宣言。
第二争いのない事実
一、本件事故発生
とき 昭和四二年三月一〇日午前九時三〇分ごろ
ところ 大阪市都島区高倉町三丁目一九番地先路上
事故車 普通貨物自動車(大阪四ぬ五三一九号)
運転者 被告大富
受傷者 原告(普通乗用自動車運転中)
態様 原告が右道路上で停車中、事故車に追突され、頸部鞭打症候群の傷害を負つた。
二、責任原因
被告らは、各自、左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。
(一) 被告会社
根拠 自賠法三条
該当事実 被告会社は事故車を所有し自己のための運行の用に供していた。
(二) 被告大富
根拠 民法七〇九条
該当事実 被告大富には前方注視義務違反の過失があつた。
三、損益相殺
原告は後記逸失利益の損害に対し被告会社より金四〇、〇〇〇円の支払を受け、これを右損害に充当した。
第三争点
(原告の主張)
一、損害の発生
(一) 受傷
(1) 傷害の内容
頸部鞭打症候群(争いがない)。
(2) 治療および期間(昭和・年・月・日)
(イ) 入院
自四二・三・一〇―至〃・〃・二一、於水野外科病院(争いがない)。
(ロ) 通院
自四二・三・二二―至四三・二・一、於前同病院
(二) 療養関係費 一五、八二五円
原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。
治療費 一五、八二五円
但し、昭和四二年七月一日より同四三年二月一日までの間前記病院において健康保険により治療をうけたことによる原告の負担金。
(三) 逸失利益
原告は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。
右算定の根拠は次のとおり。
(1) 職業
個人タクシー営業
(2) 収入
(イ) 事故前、昭和四一年一月より同四二年二月までの平均は次のとおり。
水揚高 月額一五五、三〇〇円
経費 月額六〇、〇二一円
右経費の内訳は別紙第一目録記載のとおり。
純利益 月額九五、〇〇〇円を下らず。
(ロ) なお、昭和四二年一〇月以降は、右経費のうち自動車経費(月額平均三五、五〇九円)が償却済となり不要となるので、同月以降の純利益は月額一三〇、〇〇〇円を下らぬものとなる見込であつた。
(3) 労働能力、収入の減少ないし喪失
ところが、原告は本件事故による受傷のため、事故前の如く稼働し得ず、昭和四二年三月一〇日から同年一二月三一日までの間に次のとおり合計九九二、八二一円の収入減(得べかりし純利益の減少)を受けた。
(イ) 水揚高
右期間中の月毎の水揚高は別紙第二目録第(1)欄記載のとおり。
(ロ) 経費
右期間中の月毎の経費は同目録第(2)欄記載のとおりであり、その内訳は別紙事故後経費内訳表記載のとおり。
(ハ) 純利益
右期間中に原告が得た純利益は同目録第(3)欄記載のとおり。
(ニ) 減収額
右純利益と前記平均純利益月額九五、〇〇〇円ないし昭和四二年一〇月以降の見込み利益一三〇、〇〇〇円との差額が減収額となる。その内訳は別紙第三目録記載のとおり。
(四) 精神的損害(慰謝料) 一、〇〇〇、〇〇〇円
右算定につき特記すべき事実は次のとおり。
(1) 原告は昭和二七年自動車運転免許を得てタクシー運転手として勤務し昭和四〇年一二月より個人タクシーの免許を得てようやく生活の安定を得だしたころに本件事故により受傷した。
(2) 原告は、前記受傷による後遺症のため非常に疲れやすくなるとともに運動が不安定となり日常生活が非常に不愉快であると同時に、精神の集中を要する運転手としての職業生活においても過度に疲労し支障を来たすようになつた。そして、これらの後遺症は治療の可能性がほとんどなく、一生右のような状態が続く可能性が大である。
(五) 弁護士費用
原告が本訴代理人たる弁護士に支払うべき費用は左のとおり
(1) 着手金 七三、〇〇〇円
(2) 報酬 二〇〇、〇〇〇円
二、本訴請求額
上記損害額合計二、二八一、六四六円から前記損益相殺額四〇、〇〇〇円を控除した残額二、二四一、六四六円の内金二、一五八、四〇〇円およびこれに対する前記遅延損害金。
(被告らの主張)
(一) 原告主張の逸失利益の計算ならびに基本数字は信用できない。
(1) 原告の事故前の水揚高は、被告の計算によれば一ケ月平均一五二、〇〇八円である。
(2) 原告主張の経費項目は各種経費の一部分であつて全てではない。右原告主張の経費以外に、原告自身税務署に対する申告において計上しているとおり、旅費、通信費、接待交際費等の流動経費を加えるべきであり、また、固定経費としても公租公課等が欠如している。
(3) 休業中の固定経費の出費を損害として請求するのは不当である。原告の主張によると右固定経費中の殆んどを占める自動車償却費はその実、原告所有車の購入代金であるところ、右代金は事故および休業とは関係なく原告が負担すべき性質のものであり、また、保険料、組合費も休業中だけ必要な出費ではなくその前後にも利益をもたらすものであつて、いずれもこれを被告らに負担せしめるのは失当である。
(4) また、原告は、昭和四二年一〇月からは右自動車の月賦代金が完済となるから経費率が少くなると主張するが、右自動車は昭和四〇年一二月に購入されたものであり、自動車は使用年数に比例して修繕費が増加することは経験則であるから、右完済時頃には修繕費が増加し、左程経費率が下るとは思われない。
(二) 以上のとおり、原告の主張は信用出来ないものであるから、原告の休業損の算定基礎は原告の所管税務署に対する申告に基くほかないが、原告の昭和四一年度の申告によれば年間純益は四五二、八一二円であつて一ケ月平均三七、七三四円であるから、これにより損害額を算定すべきである。
元来個人事業者において逸失利益ないし休業損の計算に際し自からの申告額以上の収入額の主張を許すことは、右申告が現行税法上は自主申告であつて自からの計算と申告に基くものである以上、これと異るものを同じ国家機関である裁判所において主張することとなり公序良俗に反するといわねばならない。
(三) 仮りに、右申告額が個人タクシーの通常の収入に比し低額であつて採用しえないとした場合には、実収入額に対する原告の所得率(純利益率)をもつて純益を算出すべきである。
原告が税務署に提出した損益計算書によると昭和四一年度の総収入額は一、三四三、九〇〇円であり純益は四五二、八一二円であつて、その割合(所得率)は三三・六九パーセントである(この割合は税務署が申告を検討する際の重要な指数として他の個人タクシー業者と余り懸隔がないよう計算されている筈である。このため原告は収入額を実収入より低めにし経費も実額より低めに計上している)。これを原告提出の資料により判明する昭和四一年度の実収額一、八一四、五〇〇円に積算すると純益は六一一、三〇五円となり一ケ月平均五〇、九四二円となる。
(四) また、訴訟外の交渉の過程では、原告の休業補償について一日三、〇〇〇円ないし三、三〇〇円の計算とすることが合意されていたのであるが、これにより計算すると原告の昭和四二年三月ないし一二月末日間の休業日数は総計一七二日であり(一一月の定期検査五日は事故の有無にかかわらないものであるので除く)、積算すると五一六、〇〇〇円ないし五六七、六〇〇円となる。
(五) 原告には後遺症は認められない。
原告は昭和四三年に入つてからは正常通り運転業務に従事しており、かつ、現在の症状は肩がこる程度ということであるが、肩こりは原告の年令からみると当然であつて、これをもつて後遺症と認めることは出来ない。
第四証拠 〔略〕
第五争点に対する判断
(一) 受傷
(1) 傷害の内容
原告主張のとおり(争いがない)。
(2) 治療および期間(昭和・年・月・日)
(イ) 昭和四二年三月一〇日より同月二一日まで水野外科病院へ入院治療を受けた。入院当初、頸部、左肩甲部等に圧痛があり頸部に強度の運動制限、左肩関節に中等度の運動制限があつたほか、左上腕神経部に強い圧痛とこれに伴う放散痛があつた。
(ロ) 退院時、右症状は軽快していたがその後増悪化し医師より再度入院を指示されたが原告本人の希望により同年六月末ごろまで殆んど毎日通院して治療を受け、その後も引続き通院した。なお、同年七月一日から翌四三年二月一日までの治療実日数は六四日。
(ハ) 昭和四二年八月二八日現在、頸部圧痛、頸部後屈および左側屈の運動制限、左上腕神経部等の圧痛、左握力の低下等の症状があり、レントゲン撮影では第四、五頸椎々体間に不安定があり、右頸椎間の椎間孔が狭小であると診断された。
(ニ) 昭和四三年一二月現在、原告は左肩が凝り、根気がなくなつた等の症状を自覚している。(〔証拠略〕)
(二) 療養関係費 一五、八二五円
原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。
治療費 一五、八二五円
原告主張のとおり。(〔証拠略〕)
(三) 逸失利益
原告(五二才)は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。右算定の根拠は次のとおり。
(1) 職業
原告主張のとおり。(〔証拠略〕)
(2) 収入
(a) 事故前
(イ) 水揚高
原告主張期間の月額平均は一五一、二〇〇円位と認められる(一〇〇円未満切捨)。(〔証拠略〕)
(ロ) 経費
月額平均六二、四〇〇円位と認めるのが相当(一〇〇円未満切上げ)。
原告主張の経費項目についての月平均額の合計は原告主張のとおりと認められるが、〔証拠略〕(原告の営業の昭和四一年度損益計算書および貸借対照表)には右原告主張の経費項目のほか旅費通信費一三、六六八円、接待交際費一四、三〇〇円があげられており、かつ、〔証拠略〕によれば右経費はほぼ実額どおり記載したというのであるから、他に特段の立証のない本件の場合これらを加えて原告の経費を算定しその数額については前示のとおりと認めるのが相当である。なお、被告主張の公租公課については、これを税務ないし会計処理上経費として計上するのは格別、本件の如き損害賠償請求の場合にはその性質上必ずしも経費として控除する必要はないものと解するのが相当である。(〔証拠略〕)
(ハ) 純利益
右(イ)と(ロ)の差額八八八、〇〇〇円を下らなかつたものと認めるのが相当である。
(b) 事故後
(イ) 水揚高
原告主張期間中、昭和四二年一二月分を一一五、一四〇円とするほかはいずれも原告主張のとおりと認められる。(〔証拠略〕)
(ロ) 経費
原告主張の経費のうち、燃料油脂費につき六月分―一三、一二九円、七月分―〇円、八月分―四、四二〇円、消耗品費につき一一月分―二、四二〇円、一二月分―三、三二三円、とするほかは原告主張のとおりと認められる。(〔証拠略〕)
(ハ) 純利益
右(イ)と(ロ)の差額が事故後に原告が得た純利益となり、六月分―マイナス五六、八二九円、七月分プラス五、四三〇円、八月分プラス四五〇円、一一月分プラス三九、五八九円、一二月分プラス六〇、二八七円とするほかは原告主張のとおりと認められる。
(3) 事故による減収額
(イ) 以上の各事実に照らすと、他に特段の事情の主張、立証されない本件においては、事故前の平均額より推定される得べかりし純利益すなわち昭和四二年三月から同年九月までは月額八八八、〇〇〇円、自動車償却費(甲五号証の六によれば月額平均三五、三〇〇円を下らない)の不要となつた同年一〇月以降一二月までの間は月額一二四、一〇〇円と前記事故後の純利益との差額を本件事故による減収(損害)と認めるのが相当であり、その数額は三月分―九三、六六〇円、四月分―一三五、七一〇円、五月分―一三七、一八〇円、六月分―一四五、六二九円、七月分―八三、三七〇円、八月分―八八、三五〇円、九月分―六六、三〇七円、一〇月分―五五、八七六円、一一月分―八四、五一一円、一二月分―六三、八一一円合計九五四、四〇四円となる。
(ロ) なお、被告は固定経費の出費を損害とするのは不当であると主張するが、右費用は元来原告が毎月稼働して得た水揚高の中からまかなわれていたものであると認むべきところ、事故後収入(水揚)が全くなかつた場合でもなお支出を免れなかつたのであるから、前述の如く純利益をもつて損害額算定の基礎とする以上かかる意味においてその損害性を肯認するのが相当である。また、自動車償却費の不要となつた昭和四二年一〇月以降は修繕費が増大すると主張するが、原告が計算の基礎とする同年一〇月から一二月までの三ケ月間に限ればその間直ちに修繕費が急増するとは考え難く、これを窺わせる証拠もないので右主張も採用し得ない。
(4) 右損害請求の許否について
〔証拠略〕によれば原告が税務署に対し右に認定した実所得より少く所得申告していることは被告主張のとおりと認められ、税法上かかる申告の許されないことは云うまでもないが、右実所得自体は何ら違法、不当な手段、方法によつて得られたものでなく正当な営業により取得されたものなのであるから、本件の如き損害賠償請求事件において右実所得による損害を請求することをもつて直ちに公序良俗に反し許されないものとまでは断定し得ない。原告において税法上右実所得に基く申告をなすべきは当然であるが、本件における損害賠償額の算定については、前認定の如き実所得を基礎とするのが相当である。
(四) 精神的損害(慰謝料) 六〇〇、〇〇〇円
右算定につき特記すべき事実は次のとおり。
(1) 前記傷害の部位、程度と治療の経過。
(2) 事故後、原告は体力的に自信を失い、特定の会社の仕事にのみ従事している。(〔証拠略〕)
(五) 弁護士費用
原告はその主張の如き費用を支出し債務を負担したものと認められる。
しかし本件事案の内容、審理の経過、前記の損害額に照らすと被告らに対し本件事故による損害として賠償を求め得べきものは、一六〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。(〔証拠略〕)
第六結論
被告らは、各自、原告に対し金一、六九〇、二二九円および右金員に対する昭和四三年四月一二日(本件訴状送達の翌日)からそれぞれ支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 上野茂)
第一目録(事故前経費内訳表)
<省略>
<省略>
第二目録(事故後収入表)
<省略>
第三目録(減収額内訳表)
<省略>
第四目録 事故後経費内訳表(1)
<省略>
事故後経費内訳表(2)
<省略>